扇の国、日本 |
In the Country of Fans, Japan |
「扇」 は、日本で生まれ発展したものです。 その起源は詳らかではありませんが、早く 10世紀末には中国や朝鮮半島に特産品としてもたらされ、中国の文献には、それまで一般的だった団扇と区別して、折り畳む意味の 「摺」 の字をあてた 「摺扇」 「摺畳扇」 や、 「倭扇」 などと登場します。 すなわち、扇が日本のオリジナルであったことを物語っています。 |
宗教祭祀や日常生活での用具としてだけでなく、気分や場所、季節に応じて取りかえ携帯できる扇は、貴賤を問わずいつでもどこでも楽しめる、最も身近な美術品でした。
和歌や絵が施された扇は、贈答品として大量に流通し、また、人と人をつなぐコミュニケーション・ツールの役割も担いました。 |
本展では、日本人が愛した 「扇」 をめぐる美の世界を、幅広い時代と視点からご紹介します。 手中の扇がひらひら翻るたび表情を変えるように、「扇」
の多面的な世界をお楽しみください。
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会期: 2019 3/20 [水]~ 5/ [月・祝] 巡回展は終了しました。 |
'2018 11_27 「 扇の国、日本 」 展のプレス内覧会の会場内風景です。 |
「扇の国、日本」 展 |
流水に舞う扇 扇の国、日本人 の心のエッセンス!
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本展覧会 「 扇の国、日本 」 図録、プレスリリース、「News Release No. sma 0037」、Newsletter vo.274 プレス説明会より参考に、抜粋文を掲載しています。 |
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【展覧会の見どころ】 ―上野友愛 (サントリー美術館 主任学芸員)、プレス説明会の抜粋― |
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「展示構成」 |
'2018 11_27 プレス内覧会の作品展示風景です。 「 扇の国、日本 」図録、NEWS RELEASE No..sma0037、Newsletter vo.274 などからの抜粋文章を掲載しています。 |
第1章 扇の呪力 扇は、大別して二種類あります。 奈良時代に発生したと考えられる、薄い板を綴じ重ねた 「檜扇」 と、檜扇よりやや遅れて平安時代初期に作られるようになった、竹骨に紙や絹を張った 「紙扇」 です。 平安時代半ばには貴族の服装が整い、檜扇は冬扇、紙扇は夏扇と、装束の一部として用いられるようになり、季節や持ち主によってふさわしい扇が求められるようになったことが、日本の扇の装飾性を発展させていったのです。 一方で、季節を問わず、儀礼や祭祀の重要な装いには檜扇が正式とされことは、涼をとるなど実用的な道具としてではなかった可能性が示唆しています。 本章では、神事や祭礼の御神体のほか、経塚の埋納品、仏像の納入品などを通して、神仏と人を結ぶ呪物としての扇の紹介です。 |
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・cat. 16 《野府記(小右記) 十五》 藤原実資 著 紙本墨書 32 巻のうち 1 巻 縦 29.4 長 1110.3 鎌倉時代 13 世紀写 宮内庁書陵部/ ・cat. 17 《後月輪殿扇次第》 九条兼孝 筆 紙本墨書 二枚 各上弦 49.2 下弦 24.2 天地 17.0 室町~江戸時代 16~17 世紀 宮内庁書陵部 |
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・cat. 16 藤原実資(957~1046) の摂関期の代表的な公家日記で、現在では 『小右記』 の名が一般的。 万寿二年(1025)正月 16 日の踏歌節会に際し、大納言藤原斉信が行事の進行上でミスをした。 儀式に参列していた権大納言藤原行成は、そのことを後で日記に記すべく、手持ちの扇にメモを書きつけた。 のち左少将 源 隆国が見るところとなって、失錯が広まった斉信は大変に怨んだ。 展示は伏見宮家旧蔵本で、校訂本の底本。 ・cat. 17 九条兼孝(1553~1636) の筆跡で儀式次第などが表裏に墨書された扇。 銀らしき切箔に墨絵を伴った装飾料紙で、実際の使用痕が残る。 ・cat. 2 島根県八束群鹿島町の佐太神社に、扇箱(作品 3 )とともに伝来した本格的な檜扇、制作時期は最も古く 12 世紀前半にさかのぼると考えられる。 扇の表には、松原に菖蒲に花咲く小川が流れ、七羽の鶴が遊ぶ。 一方裏には、紅葉や梅、柳、萩、桜などの折枝の間に蝶が舞う情景が描かれて、表裏で四季が表されている。 ・cat. 3 佐太神社に伝来した扇形の扇箱、蓋表の中央に尾長鳥を配し cat. 2 《彩絵檜扇》 を開いた姿で奉納 (御神体) したことを示す。 |
第3章 扇の流通 早く 10 世紀末より、日本の特産品として大陸へ送られるようになった扇。 中国では明代 (1368~1644) に一層人気が高まり、刀や屏風などと並んで、日明貿易に主要な輸出品のひとつとして喜ばれました。 また日本では、中世を通して、扇は季節の贈答品として用いられ、人々が日常的に身につけるアクセサリーとしても欠かせないものになっていきました。 こうした国内外での大量消費は、おのずから扇の量産をうながし、美術と商業が結びつく嚆矢としても注目されます。 特別な注文品のほか、すでに 14 世紀半ば頃には、既製品の扇が店頭販売されていたことが知られ、貴賤を問わずより多くの人々に享受されたと考えられます。 本章では、人々の間に流通し、交流を取り持つコミュニケーション媒体ともなっていた扇の数々の紹介です。 |
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・cat. 52-1.2 国宝《東寺百合文書 絵所益継扇代物請取》 六角益継著 紙本墨書 四枚(内 2 枚) 寛正三年(1462) 京都府立京都学・歴彩館/ ・cat. 35 《臥雲日件録抜尤》 瑞渓周鳳著 惟高妙安抜写 紙本墨書 一冊 縦 25.7 横 20.0 永禄五年(1562)写 国立歴史民俗博物館/ ・cat. 37 《善隣国宝記 中巻》 瑞渓周鳳編著 紙本墨摺 三冊のうち一冊 縦 25.8 横 17.7 明暦三年(1657)刊 京都府立京都学・歴彩館 |
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・cat. 52-1.2 この四通は、絵師の六角益継が、東寺からの注文を受けて収めた扇の代金を受け取って提出した領収書。 八月三日・六日・十日付の三通は、扇三十本の代金十五貫文を五貫文づつ分割で支払いを受けたもので、扇一本が五百文であった。 ・cat. 35 明に渡ったときの経験談、四本のみ持参した扇の一本で、日用文例・佳句の類書 『翰墨全書』 (1446年刊) 一セットが購入でき、日本刀で八百文から一貫文の価値があるものは、明では五貫文となった。 以前に明から六万貫を持ち帰ったが、そのうち五万貫は、太刀の代価であり、残り一万貫は硫黄の対価であった。 ・cat. 37 相国寺の瑞渓周鳳(1391~1473)が編纂した古代・中世の外交史料集。 15 世紀初めに、足利義満(1358~1490) が始めた明への朝貢貿易以降、献上する朝貢品の品揃えは整えられ、その品目がほぼ踏襲された。 その中には金屏風が必ず含まれていたことが知られるが、屏風に次いで列記される扇もまた貿易に欠かせない品であった。 ・cat. 48 この屏風図では、店内で男女が分業で扇を制作中のようすや露台で、,既成品の扇が箱に入れられ販売されている。 大量生産を可能にするため、扇の制作は分業化が進み、扇屋はその最終段階の仕上げを担っていたことがわかる。 ・cat. 60 六曲八隻の屏風に、扇骨から外した計 240 面の扇面が貼りつけられている。 展示はそのうちの二隻。 扇の制作は 16~17 世紀初頭と推定され、「元信」 「直信」 「元秀」 など狩野派系の壺形印が捺されれる扇面が多く、絵の主題は、中国故事人物、花鳥、山水など幅広く、技法も水墨、金地着色に双方を含む。 当時の狩野派の多彩な扇制作の隆盛や、当時、いかに大量の扇が流通していたかを伝えている。 |
第5章 花ひらく扇 扇は、日本で最も多く描かれた絵画であり、消耗品ゆえに、最も多く失われた絵画ともいえます。 江戸時代、扇絵を描かなかった絵師はいないといっても過言ではありません。 将軍や大名の御用絵師である狩野派や、宮廷絵師である土佐派のほか、庶民層からの支持を背景に新たに台頭してきたさまざまな流派も、扇絵で個性を発揮すべく、新たな構図・画題・技法に挑戦していきました。 中世には早くも店頭販売されるようになった扇ですが、江戸時代中期には、「扇売り(地紙売り)」 と呼ばれる行商人も登場しました。 扇はより身近な最先端のファッションアイテムとして、そこに描かれる絵に強い関心が注がれていたのです。 本章では、あらゆる流派によって描かれた、江戸時代のバラエティに富んだ扇絵を鑑賞します。 |
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・cat. 114 《熨斗に海老図》 長沢芦雪画 竹製、紙本着色 一本 上弦 47.5 下絃 18.2 天地 18.1 江戸時代 16 世紀 太田記念美術館/ ・cat. 136 《四代目瀬川路考図》 歌川豊国画 竹製 紙本着色 一本 上弦 45.0 下絃 17.2 天地 17.1 江戸時代 18~19 世紀 太田記念美術館 |
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・cat. 114 長沢芦雪 (1754~99) は、丹波篠山藩士の子として生まれ、京都に出て円山応挙の弟子となった。 33歳の時には、応挙の代理として南紀の寺々で障壁画制作を請け負うなど、応挙門下の高弟として活躍。 その後、師とは一線を画した大胆奇抜な作風で新規を開いた。芦雪 40 歳頃の作。 ・cat. 136 歌川豊国 (1769~1825) は、歌川派の祖・歌川豊春の門人で、画号を一陽斎という。 役者絵をはじめ、美人画や版本の挿絵、役者絵本など、幅広い領域で活躍する一方、数多くの門人を育成し、歌川派を浮世絵界における最大画派へと導いた。 。・cat. 96 江戸時代初期、扇は俵屋宗達 (生没年不詳) が主催する工房 「俵屋」 の主力商品であった。 実際、宗達やその一派による扇面の遺品は数多く、その大半は屏風の形で残っている。 本作は、宗達派による扇面貼交屏風の一例で、扇面を直接屏風に描くのではなく、別紙の扇面を散らすようにして屏風に貼り付けている。 ・cat. 98 『古今和歌集』 『続古今和歌集』 などの勅撰集や、人生訓を詠んだ道歌、禅語などを記した扇六十枚を、葛の下絵上に貼り交ぜた扇面散屏風。 |
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「扇の国、日本」 |
2018 年 12 月 11 日、スウェーデン・ストックホルムで行われたノーベル賞受章式に日本伝統衣装で臨んだ医学・生理学賞の 本庶 佑 (京都大学特別教授)
先生の紋付羽織袴姿の左腰に差した 「扇」 が、とても印象的でした。 |
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参考資料:「 扇の国、日本 」 図録、NEWS RELEASE No.sma 0037、Newsletter vo.274、プレス説明会、他 |
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